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7月のご案内
日常生活での思考は知性、理性を尊重して考えています。しかし、日常生活ではいかに理知を働かせても、受けとめられない事実(現実)があります。何故この国に生まれたのか?、何故昭和の時代に生まれて(私の場合)令和の時代に今生きているのか?、何故この両親の下に生まれたのか、何故宇佐郡四日市町高家に生まれたのか、何故異常に暑い、そして雨の少ない7月を生きているのか?、等々。
一方、それらの現実を引き受けて日々何らかの対応と決断をして私は生活をしています。人生とは取りかえしのつかない決断の連続である、と言われます。思いどうりにならない現実(不如意)と、思いどうり(自分で決断できるが、必然的に自分の責任が伴います)になる現実(如意)とがあります。仏教では不如意なるものをいくら嘆いても(他を責めても)それは愚痴だと教えます。現実と受け止めるしかありません。変えられる現実は当然自分で理知を働かして変更(如意)を加えていきます。
生きていく場合の方向性は「幸せ」でしょう。ギリシャの哲学者が “ 誰も教えてもらわなくても自分の『幸せ』を目指して生きている “と言っています。「しあわせ」は岩波書店の辞書広辞苑では「仕合わせ」の字が一番に示されています。多くの人が使う「幸」は語源を見ると中国の殷の時代の甲殻文字に起源があり、漢字の「幸」は手かせ,現在の手錠を意味しているそうです。中国の国(王朝)と国との闘いで征服された王朝の血族は皆殺しだったのでしょう、手錠をはめられても生き残ったということが「幸」だったのです、そうすると「幸」とは相対的なものだと思われます。
日常的な思考では「幸せ」を目指し、幸せのプラス要因を増やし、マイナス要因を減らすという発想で幸せを目指しています。その歩みの中で思い通り(不如意)に行かない現実に出会うとつい愚痴を言いたくなります。その中に誰もが避けられない「老病死」があります。理知分別思考ではそれらをひたすら避けたい事象であり、先送りを考え、願っています。医療もそのことを目指し救命、延命に英知を使って技術や薬物で実施しています。しかし、浄土真宗系のお寺が配布したカレンダーの7月の標語は「老いや病や死が人生を輝かせてくださる」(湯浅成幸)と書かれています。仏教では生老病死を「生死」と示して「迷い」という意味で使われます。
生老病死に起因する苦しみを四苦と言います。生まれる苦しみ(なぜ生まれることが苦なのか、たぶん思い通りにいかない世間の中に生まれる苦をいうのでしょう)、老いる苦、病む苦、死ぬ苦、を言っています。それらは不如意の代表的な事象ですね。
宗教的な世界を理知分別の思考で理解を極めることができるか?。分別思考の次元を超えた世界(煩悩を滅して世界)ですから、釈尊が悟られた世界(「空」「縁起の法」「無我」「無常」など)は我々の分別思考では分からない世界です。そんな世界をあるかのと否定することもできますが、悟りの内容として伝えられている言葉(仏典)を通して学んでいくと、我々人間の思考、この世間のことの表裏を尽くして見抜かれていることに感動します。
我々は宗教的真理を理知分別の思考で探求し尽くしていけば分かるという発想で求道してきました。浄土教でいう、仏の世界から方便(方便法身)として示されている「南無阿弥陀仏」は、我々の発想からは「訳が分からない(仏意はかりがたし)」ということになります。それでインドの発音をそのまま音写して「ナミアミダブツ」を「南無阿弥陀仏」の漢字にあてたのです。漢訳すると「尽十方無碍光如来」「南無不可思議光」になります。外国人の名前は音写してカタカナで示していることと同じことです。
現代の日本人は日常生活は理知分別を働かしてほぼ24時間生活しています。仏教なんて念頭にない生活です。それは人間の英知に神仏を超えたものを期待しているからです。事実、科学技術の進歩は飛躍的で昭和20年代生まれの人にとっては、終戦後の貧しさからの日本の発展は目を見張るものです。そして、生活も(金はかかりますが)便利になり、快適で、速く、楽で、好奇心を満たし、物が豊かで……、江戸時代の将軍や天皇よりも物質的には良い生活をしているでしょう。仏教的に言えば天国の生活に相当しているかも知れません。しかし、仏教では天国は理想世界ではなく依然として「迷いの世界」と示しています。天国からこの世間に堕ちる苦しみは地獄の16倍と示されています。民族宗教(神道を含む)が示していた“ something great(何か偉大なもの) ”と示した神は科学技術に圧倒されました。その結果、世界のほとんどの民族宗教は廃っていきました。歴史的には遺跡、遺物としては残ってきたし、残っていくでしょが。
人間の英知を集めた科学技術によって物資的な豊かさ、快適・便利さが実現してきました。人間の理知への信頼度が、今後もどこまで続くという夢を持たせてきました。ところが人間の英知で創りだしたコンピュウター(PC , IT)の人口頭脳( artificial intelligence)が囲碁や将棋などの領域で人間をしのぐようになってきました。そのソフトに工夫を加えると人間の知能を超えることは一部に実現してきています。ヒューマニズムは「人文(じんぶん)主義」「人道主義」などと訳されています。いわば神ではなく、人間の理知分別を大事にしようとする考えは、人口頭脳の発達で逆転され、2番目の能力位置になる可能性が出てきました。人間の分別思考が人工頭脳に追い越されて、差がはっきりとするようになると、仏の人間を見抜かれた「汝は凡夫なり」の言葉が真実味をもって現在人に発想の転換を求め、仏教の目覚めの世界に回帰するのではないかと仏教学者の佐々木閑氏は言われていました。
浄土の教えは、末法(釈迦なきあと1500年を経過した時代)の世で、機根(能力、実行力など)衰えた人間、凡夫(罪悪深重、煩悩障具足の衆生)を救うとして説かれた経典に準拠した教えです。仏説無量寿経(大経)は釈尊が目覚めた後に、その目覚めの内容・過程を経験した上で、法蔵菩薩の説話として説かれています。
日常生活では理知を大切にした科学的真実(事実)に準拠した思考が尊重されるでしょう。しかし、人生ということを考える時、不如意なる多くの現実を踏まえて生きていくことになりますので、宗教的真実のあるがままをあるがままに見る(自然)、目覚め、悟りの視点が大切になります、神学者の森本あんり氏は宗教について、人間の欲望には限りがなく、世界は有限である。だから人間が近代的な意味で充足することはあり得ない。人生には、自分の手で何かを「掴み取る」だけでなく、「与えられる」という感謝の感覚が枢要である。文化の深みには、宗教が織り込まれているのである、書かれています。
仏教は物事をできるだけ事実に即して見る(分別ではなく無分別智で)ことを大切にするのは、偏見や我見で物事に対する判断を歪めている事実を見抜かれているのです。それを菩薩(法蔵)の視点で説話(本願を中心に)が説かれているのです。観経で仏が韋提希に対して、「汝は凡夫なり」と言われています。仏の目覚めの視点で「凡夫」と言われているのです。その時、韋提希(イダイケ、当時の皇后)は仏に対して五体投地、仏の言われる通りであったと受け止め、懴悔、合掌されています。「凡夫」は仏の悟りの言葉です。それを知識として私が使うと悟りの言葉ではなく、多くは煩悩に汚染されて自分の言動を言い訳する言葉になってしまいます。仏語を目覚めの言葉と受け止めて、理知で理解するだけなく、仏語の言わんとしている意図を身柄全体で推敲していくと仏教の受け止めが深まるでしょう。
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